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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2067号 判決 1973年5月17日

控訴人 医療金融公庫

被控訴人 大木茂雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、左記のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴代理人の陳述

1  本件小切手金債権はいずれも本件仮差押申請当時すでに呈示期間の徒過により消滅していたものであるから、その原因関係たる貸金債権との間の請求の基礎の同一性を論ずる余地はない。

2  小切手上の権利がその呈示期間の徒過により消滅することは誰しも知るところであるから、このようにしてすでに消滅した小切手金債権を被保全権利としてした仮差押は、異議手続による取消をまつまでもなく、当然無効というべきである。債権仮差押命令については、第三債務者は異議申立権を有しないのであるから、本件仮差押命令における第三債務者たる控訴人に異議手続の履践を求めることは不可能というべきである。

3  仮に本件仮差押の本案訴訟において被保全債権たる小切手債権請求の訴を貸金債権の訴に変更することが、請求の基礎が同一である故に許されるとしても、本件債権仮差押命令には被保全権利として小切手金債権のほか何らの権利の表示もないのであるから、第三債務者たる控訴人としては貸金債権にもとづく債務名義の執行として右仮差押の効力を認容することはできない。

二、被控訴人の陳述

1  小切手を担保に貸金を行つたという事実関係のもとにおいては、小切手所持人は小切手金債権、利得償還請求権、貸金債権のいずれかを有しているのであり、それらはいずれも請求の基礎を同一にするものであることは明らかである。

2  保全決定が被保全債権の有無により当然無効となる場合があるとすれば各種の取消手続の存在意義は失われ、法的安全を害すること甚しい。第三債務者に異議申立権がないからといつても第三債務者は債務者に対する支払を停止すれば足り、これについて何ら責任を負わないのであるから、不都合はない。

理由

本件に対する当裁判所の判断は、左記のとおり附加するほか原判決理由の記載と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人は、本件小切手金債権が本件仮差押当時すでに消滅していたとの理由でその原因関係たる貸金債権との請求の基礎の同一性を論ずる余地がないと主張するのであるが、請求の基礎の同一性の有無は、当事者の主張する権利関係発生の基盤たる事実関係によつて決すべきものであり、その後における当該権利関係の変更消滅によつて左右されるものではないのであるから、控訴人の右主張は採るに足りない。

二、次に控訴人は、債権の仮差押においては、第三債務者は異議申立権を有しないことを理由として、その被保全権利が消滅した場合における右仮差押の無効を主張するが、たとえ被保全権利の存否を誤認してなされた仮差押といえども、それが当然無効といえないことは原判決の説示するとおりであり、第三債務者に異議申立権がないとしても右の結論に変りはない。何となれば第三債務者としてはたとえ仮差押命令の発令が違法であつてもそれが取消されない限りこれに従つて債務者に対する支払を停止しても何らの責任も負わない筈であるからである。

三、さらに控訴人は、債権仮差押命令に表示された被保全権利が本案訴訟物としてこれと請求の基礎を同一にする他の権利に変更されたとしても、第三債務者としてはこのことを確知しえないことを理由として、本案の債務名義にもとづく右仮差押の本執行への移行の効力を否定する。しかし、

本案の訴訟物たる権利が仮差押の被保全権利と請求の基礎において同一性を失わないかぎり変更を許されること、従つて本案の債務名義にもとずく執行は右仮差押の執行の効果を維持流用することができるものであること原判決説示のとおりであり、第三債務者としてもその効果を否定することはできないものというべきである。なんとなればかく解しても前段説示のとおり、第三債務者としては右本執行の効果を受忍しても何らの不利益もないからである。

よつて原判決の結論は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野啓蔵 渡辺忠之 小池二八)

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